曲亭馬琴の作を中心とする江戸読本においては、<因果応報>の理法が長編全体を総括する構成原理となっているが、同時期(19世紀初頭の享和・文化・文政期)の上方読本においては、人間の行動や感情のごとき人的要因の連鎖が構成のあり方を決定付けている。大きな傾向としてはこのように把握できるが、たとえば江戸読本作者であっても、小枝繁においては、作品の冒頭などに表立って(因果応報)を掲げながらも、作中で実際に筋を運ぶに際しては人的要因に大きく拠っているなどのことが見られることを確認した。 本年は、上方読本の中でも特に速水春暁斎の絵本読本を主たる分析対象とした。敵討ちを素材とする実録を紛本として絵入りの読み物に作り上げるに当たり、人物の内面の描写を大きく増補する手法を用いていることを把握し得た。速水春暁斎も作品の冒頭、また作中折に触れて<因果応報>を掲げるが、実際には各人物の内面的必然に導かれて事件が展開し収束するように作られている。但しそれは、<因果応報>が空虚なものとして単におかれているに過ぎないということではない。人間のなす業が実際にはその人間の結末を規定しているとしても、それがあたかも奇遇、与えられた運命のごとく感じられるという状況を描き出して、そこで読者が懐くであろう感慨を<因果>の語で表そうと意図していると解することができる。そしてこのような手法は、上述した小枝繁などの江戸読本作者にまで影響を及ぼしていると考え得る(論文「因果応報-長編小説に内在する理念-」。
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