後期上方読本の代表作者の-人である馬田流浪の作に関して分析を行い、その特質を解明した。流浪の作法には、山東京伝・曲亭馬琴などの江戸読本のそれとは異なるところがあり、且つ上方作者の中においても際立っていると言えるも。その際立った点とは、人間の性格への関心である。『朧月夜恋香繍史』『不知火草紙』には、主人公の性格を明瞭に描くということに留意しつつ、その一々の言動をその性格との連関の中で記すという方法が用いられている。『朝顔日記』においては、主人公を「徳」ある人物と規定するが、その徳とは周囲の人間の心を惹きつける人間的魅力のことと書かれる。彼の人格に惹かれて感化される人々の様が描かれ、そのことを「徳化」と称するが、それが決して観念的なものとはならず、人が人の心に惹かれることとして、その内実が描かれている。 また同じく後期上方読本の代表作者・栗杖亭鬼卵の『二葉の梅』、『再開高臺梅』が、それぞれ実録『北野聖廟霊験記』『敵討氷雪心誌録』を典拠とすることについて報告し、実録の利用から見える鬼卵読本の作法上の特質について論じた。『二葉の梅』において、「深雪丸の霊剣」なるものを提示するが、江戸読本流のごとく、この剣に因果を内在させるなどのことはなく、これを所持する悪漢が、剣の霊威を人々に見せ付けて自分を崇めさせることで、庇護を得たとする。また『再開高臺梅』では、実録には登場しない剣術指南の人物を設定し、主人公の最大の理解者という役割を与えた。 鬼卵は、人間の心情にまで描写を及ぼし、心情の連鎖が事件を生むように書く。文化期後半の上方読本界にあって、鬼卵も江戸風の摂取融合を意識しつつ、実録の読本化という点においては、既に享和期以来速水春暁斎が提示していた上方〈絵本もの〉の方法に大きく拠ったと見られる。 なお島根大学堀文庫に関して、近世後期から明治初期にかけて津和野において営業した貸本蔵書群であること、読本を主に構成されることについて調査し報告した。
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