本年は先ず萩坊奥路の著作について基礎的な書誌調査を行った。本年調査を実施した書目は以下の通り。『名槌古今説』、『西海奇談』、『西行諸国噺』、『弁説叩次第』、『籠耳覚日記』、『文武酒色財』、『三千世界色修行』、『焔魔大王日記帳』、『滅多無性金儲形気』、『珍術罌粟散国』、『敵討孝子伝』、『本朝三筆伝授鑑』、『月花通鑑』、『当世宗匠質気』、『太平記秘説』、『播陽政実録』(以上16点)。(以下存疑作)『唐土真話』、『人間一生三世相』、『渡辺秘鑑』、『上代女敵討実録』、『万物天地鑑』、『敵討綴之錦』、『和州非人敵討実録』(以上7点)。大雅舎其鳳名義の作や存疑作(南峯名義作。多田一芳作)をも調査対象とし、京都大学、関西大学、大阪市立大学等に所蔵される諸本を調査し、影印等の資料を蒐集した。このうち『西海奇談』については目下翻刻を進行中である。また京阪を拠点に吉文字屋と奥路についての史料調査を実施したが、奥路の事跡について未だ目覚ましい成果は得られて居らず、今後は其鳳名義での俳諧活動の筋からの解明が期待される(また「其堂」の堂号のあったことが今回判明しており、これについても追跡調査中である)。奥路の浮世草子作品については、舌耕文芸との素材の共通性(例えば『弁舌叩次第』巻之四「淫乱」が落語「なめる」の類話に当たる等)が分析され、これは奥路舌耕者説との関連から注目される。また、中国小説の利用についてもいくつか新見があり(例えば、典拠の特定には到っていないが、南峯名義作『万物天地鑑』の巻二「諸生湯聘普門大士の戒を受て蘇る事」の類話は文昌帝君の故事に見える)、今後上方文人の高踏的な白話小説の翻案方法とは対照的な、その中国小説通俗化の方法論を究明していきたい。
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