本年度も西尾市立図書館岩瀬文庫、関西大学図書館中村幸彦文庫、大阪市立大学学術情報センター森文庫等に於いて、萩坊奥路の著作で未調査の諸本を中心に、書誌調査を実施した。諸本の悉皆調査は未だ果たせていないが、諸本の初板初刷本についての基本的な書誌調査を完了した。奥路の著作と、典拠として指摘のある『燕居筆記』、『石点頭』、『今古奇観』等との関係について調査を行った。奥路の作には、中国典拠を介して天命思想が濃厚に影響しており、これについては近世文芸思潮の問題として、今後広範な視野から問題を深め、まとめてみたい。一方で『一夜船』、『世間娘気質』、『怪談御伽桜』等先行浮世草子との関係性も解明されつつある。拙稿「滑稽怪談の潮流」では、奥路の『弁舌叩次第』等をとりあげ、実録や読本の怪談物とは異質な、浮世草子怪談物の好笑性について論じた。 拙稿「怪談物読本の展開」では、近世中期に於ける「怪談物」読本の展開史を概説する中で、書肆吉文字屋が重要な位置を占めることを論じた。また、『差配帳』によって吉文字屋の活動調査を行った。吉文字屋が度々重板問題で江戸に下っていることについては、坂本宗子「大坂本屋仲間衆の家業相続に関する一考察-吉文字屋うのをめぐって-」に指摘があるが、吉文字屋は内容の重複しがちな実用書を多く扱っていたこともあり、版権を巡って度々公訴に及んでいる。また、寛政三年の火災で板木類焼の被害を被っていること、享和元年には商品(本)の横流し事件に遭っていることなど、いくつか重要な知見が得られた。吉文字屋の本造りのしたたかさについては、神谷勝広「吉文字屋本の挿絵板木流用」等の指摘する所であるが、特にその徹底した広告戦略は注目される。そこには書物の種類に応じて出版目録を付け分けるなど、マーケティング上の工夫も見られる。
|