平成18年度は、17年度の研究を発展させ、19世紀アメリカ大衆音楽のなかから学生歌を選び、学生歌と大衆詩の関係について考察した。とくに19世紀の中頃から20世紀初頭にかけて、ハーバード大学で人気のあった歌「ユパイディ」を中心に研究した。 「ユパイディ」は、はじめ1859年に公刊された。編曲者として学生H.G.スポールディングの名前があるだけで、作詞者も作曲者も明記されていなかったが、じつはロングフェローの詩「イクセルシオ」を使った歌だった。原詩の「イクセルシオ(いや高く)」というリフレインを、「ユパイディ、ディーダ、ユパイディ、ユパイダ」という、意味不明の剽軽なサビに置き換えている。 元来、この歌は、即興的に同級生や特定の教員をとりあげてからかう歌だった。したがってつねに流動的な歌詞で歌われていた。そこで、その流動的な詩を固定化させる必要があるときに使われた歌詞が、詩「イクセルシオ」だったのである。この詩は誰にも知られていたし、原詩のリフレイン「イクセルシオ(いや高く)」を「ユパイディ」というサビに置さ換えることによって、原詩に込められた荘重な主題が、いっぺんに茶化されるからだった。 本研究では、さらに、この歌の由来や伝播について探った。すると、この歌は、中部ヨーロッパあたりの民謡に起源があることがわかった。ドイツでは、"Juppheidi"というタイトルでもっともよく知られ、オクトバーフェストなどでビールを飲みながらうたわれる。またアメリカでは、その後、イェール大学やプリンストン大学でもうたわれるようになり、さらに南北戦争中には南軍でもうたわれるようになった。大衆詩は、まさに広く知られているが故に、口承的で流動的な大衆歌を固定化させるために使われたのである。
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