文学のなかの少数民族研究は、ひとつの思想的観点からおこなわれることが多かった。場合によっては、「ナチス・ドイツ=加害者、ユダヤ人=被害者」という座標で、文学者の少数民族観を無理やり検証して、評価することさえあった。しかし、ひとりの人間の少数民族観は、さまざまな要素をあわせもち、ひとつの観点からだけでとらえることはできない。本研究は、戦後ドイツ文学の東側の中心にいたフーヘルの少数民族観を、(1)フーヘルの原風景のなかの少数民族像、(2)ナチスの少数民族虐殺と旧ドイツ帝国東部領からのドイツ人追放問題、(3)ナチスの少数民族虐殺に関する東ドイツの歴史観、(4)東ドイツの社会主義的民族理論、という4つの複合的観点から究明する。これによって、フーヘルの少数民族観の全体像を初めて明らかにするばかりではなく、戦後ドイツ文学が少数民族問題に関して本来有していた複雑な問題意識を解剖することになる。しかし、フーヘルの少数民族観の核心に迫る決定的資料が不足している。今年度は、ベルリンのStiftung Archiv der Akademie der Kunste Berlinで、フーヘルの作品の異稿・前段階原稿・創作メモ、そして未刊行の手紙類を閲覧した。また、フーヘルが少年時代をすごしたAlt-Langerwischを中心にして、少数民族の生活・民俗・歴史を取材し、フーヘルの詩のなかに登場する少数民族のさまざまな生活道具を調査した。このようにして、フーヘルの少数民族観と直接結びついた少数民族の実態を調べるフィールドワークをおこなった。さらに、フーヘルが東ドイツ時代に住み、また、文学雑誌『意味と形式』の編集部があったポツダムのPeter-Huchel-Hausを訪問して資料を収集した。その一方で、図書資料やCD-ROM資料にあたり、フーヘルの少数民族観とその背景の解明をおこなった。
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