イギリスロマン派詩人・画家ウィリアム・ブレイク(William Blake)の複合芸術作品に頻出する「女」の裸体の意味を、絵画史における女の裸体の伝統に照らし合わせながら解明することが、本研究の目的であった。そのさい、「女」と「男」の裸体の表象を比較しながら、乳房と性器において「男」とはっきり異なる「女」の裸体にブレイクがつぎつぎに付与した意味が、どのように多層化し複雑化していくかを、初期から後期の作品において明らかにした。こうした目的をもつ本研究は、ジェンダー意識を研究のパースペクティヴに入れようと努力する点において、1970年代のフェミニズム批評がやりかけて放棄してしまった試みを継承するもの、といえる。 具体的には、ブレイクの作品に描かれた裸体の女たちをひとつずつ分析し、なぜ彼女たちが裸にさせられたかを考察した。そのさい、男の裸体と女の裸体に付与された意味の違いを明らかにした。さらに、ブレイクの「女の裸体」の表象の典拠となった可能性のある「アフロディテ」表象の伝統も考察した。アフロディテは芸術作品に女の裸が登場した最初の例であるばかりでなく、ブレイクが女のポ-ズを描くときに参照した可能性が高かったからである。自ら美術界に身をおき、美術関連の力タログや批評書に広く目を通していたブレイクが、そうした美術作品からアフロディテの表象を学び、そして極めたことは、じゅうぶんに考えられると思ったからだ。 ブレイクとジェンダー論が交差する領域は、ブレイク研究のなかで開拓が遅れているものである。ブレイク研究における裸体といえば、「男」の裸体の研究が主流であり、「女」の裸体に関する研究は希薄であった。この立ち遅れが目立つ「女」の裸体の表象研究に領域に、本研究は小さくはあっても大切な貢献をなしたと思う。
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