本研究の目的は、1870年代なかばから急に活発化しはじめた生体解剖論争をとおして見えてくるヴィクトリア朝文化の諸相のうち、動物愛護文化の確立と、それにともなう唯物論的な科学への批判、さらに、そのような批判を前にした科学の反応を、『モロー博士の島』を中心とするいくつかの文学作品と、この時代の歴史資料とを往還しながら記述するところにある。 研究の2年目にあたる本年は、1年目に収集した生体解剖関連の歴史資料、とくにBritish Medical Journalなどに掲載された医者の立場からの論文を読みながら、動物愛護陣営と科学研究陣営のあいだで展開されていた生体解剖論争の実体を二元的・対話的に理解することをめざした。 また、生体解剖をめぐるその論争のなかから、いくつかのモチーフを抽出した。そのひとつとして、宗教性を離れて没道徳的に真実を追求しはじめた唯物論的な科学にたいするヴィクトリア朝人の不安と不信というモチーフを抽出したうえで、そのようなモチーフを文学的表現に高めた例のひとつとして、オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』をとりあげ、「ワイルドの唯美主義と生体解剖」というタイトルの論文のかたちでまとめた。それは未刊行ではあるが、2006年11月25日、日本オスカー・ワイルド協会全国大会において、口頭発表した(2007年度のワイルド協会の機関誌に掲載されることが決定している)。 さらに、生体解剖論争がエドワード朝にまで継続していたことを示す事件として、20世紀初頭に生じたブラウン・ドッグ暴動についても調査した。
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