本年度は4年計画の最後の年度に当たり、締めくくりにふさわしく、論文発表という面で多くの成果をあげた。遠藤不比人ほか編『モダンの転回』(研究社出版、2008年7月)所収の論文「ウィンダム・ルイス『ター』のおける分身と反復」では、ルイスの初期小説『ター』がドストエフスキーの影響を受けた分身小説であると同時に、後年の『チルダマス』における機械的な二人組(疑似カップルpseudo-couple)を予感させる機械的反復の要素をも共存させていることを論じた。林文代編『英米小説の読み方・楽しみ方』(岩波書店、2009年2月)に所収の第2章「モダニズムと植民地主義一一コンラッド『闇の奥』」および第3章「モダニズムと人間の機械化一一ウィンダム・ルイス『チルダマス』」では、さらに構想を発展させ、前者においては『闇の奥』がマーロウとクルツの間の分身的関係を軸とするのに対し、短編「文明の前哨地点」ではコンラッドが機械的な二人組を登場させていることを指摘した。また後者においては、『チルダマス』における二人組がルイスによる人間身体の機械的表象と密接な関係があることを、20世紀に特有の笑いと機械の新たな連動(それはベルクソンにより理論化され、チャップリンにより大衆的人気を博した)というコンテクストの中で論じた。疑似カップルを焦点にしたこれらの研究は、モダニズム小説における人間の表象と身体の機械化の関係を明るみに出し、ベケットを典型とする、この研究主題に十分な視野の広さと深さを与えた。
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