平成17年度の山本の研究は、R.L.スティーヴンソン、およびS.モームの南海作品が舞台として共有するポリネシア圏南太平洋の表象を中心に研究を進めた。両者における南太平洋像の差異は、異文化表象のナチュラライゼーションの過程を裏書きする物であり、19世紀末から20世紀前半における海上交通網(主に定期船の就航)の変化や、南太平洋の資本開発、また、消費物としての南太平洋の前兆などが、テクストの南太平洋像に暗示されていることを確認した。今後の検証対象としては、時代を遡る予定である。 一方、村上はH.メルヴィル、およびJ.ロンドンの南海作品群を検証し、19世紀中葉から20世紀初頭のアメリカ人作家の南太平洋への態度の同定を試みた。19世紀末における国内フロンティアの消滅によって、南太平洋という場が物理的にアメリカに接近することになるが、東部人のメルヴィルと、西部出身のロンドンに映った南太平洋の違いは、東部と西部の視点の差異のみならず、19世紀中盤から約100年の間にアメリカが経験した、南太平洋に対するイデオロギーの変化をも内包する。 本年度はサモアとフィジーに赴き、サモアの市立図書館や南太平洋大学(USP)オセアニアセンター、附属図書館で、貴重な資料を多数入手することができた。とくにUSPに収蔵されている、植民地時代初期の宣教師が残した航海記や記録は、大変有用な資料となる。また、USPにおいて、南太平洋文学を代表する現代作家、エペリ・ハウオファ氏にインタビューができたことも大きな収穫であった。西洋による南海のナチュラライゼーションを、現地の人々の視点から記述するという点で、ハウオファ氏の作品の検証も重要であろう。代表作Kisses in the Nederendsは、山本・村上の共訳で18年の夏に岩波書店から刊行される予定である。これも本研究の副産物として、報告しておきたい。
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