ギリシア喜劇は紀元前6-5世紀のアテーナイにおいて、独特の発展を遂げた。当時作成された多くの喜劇作品のうち、現在ではアリストパネースの11作品が残るのみである。本研究では、このうちアリストパネース最晩年の作である『プルートス』に焦点をさだめて、考察を行った。 まず研究の初年度は、『プルートス』全1209行の古典ギリシア語の日本語訳を行った。本作品の日本語訳は昭和36年に出版された『ギリシア喜劇』(人文書院、後にちくま文庫に収録)があるのみで、その後一度も改訳が行われていない。このため古い用語を避けた、よりわかりやすい翻訳書の出版が望まれている。したがって本研究ではまず、原テキストからの全く新しい翻訳を試み、訳注も新たに付け加えた。近年中に、岩波書店より刊行の予定である。 『プルートス』は、主題、構成において、他のアリストパネースの作品と著しく異なっている。この差異がいかなる理由によるものかを考察を進めた。当時の社会状況とも密接な関りがあり、ペロポネーソス戦争に対するアリストパネースの主張などを中心に研究を行った。 『プルートス』は「富をもたらす神プルートス」をめぐる劇である。経済的豊かさと、それにむらがる人間の欲望に対して、アリストパネースは痛烈な批判を行っている。「富」とは一体何であり、それは人間にとっていかなる意味をもっているのか。この問題はきわめて今日的なテーマであり、2500年の時を越えて、我々に鋭く問いかける問題提起がなされていると思われる。このような問題について、引き続き考察を続けてゆきたい。
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