今年度は十五世紀末から十七世紀半ばまでのドイツの民衆物語詩の中で、娘の恋を扱う歌に焦点を当てて資料を収集し、時代の推移に従ってどのような変化が見られるかを探った。この時代はドイツ語そのものが近代語へと大きく変容していく時期でもあるが、このこととも関連して、近世・近代的心性がいつ頃から現れ始めるかを辿る原点に、十五世紀後半に成立した『クララ・ヘッツレリンの歌集』を置いて考察することにした。この歌集は、一旦完成された中世風ミンネザングの形式が崩れ、民衆化して職匠歌などとも混じり合ったところに生まれており、これまでの研究者は一般に月並みで退嬰的と見ているが、アウグスブルクというこの時代に急成長する町で流行した歌が集められているだけに、全く中世的定型を繰り返しているように見えながら、細部には随所にこれまでには見られなかった新しいモチーフを確認することができた。しかも、この町は南ドイツの中心地として北ヨーロッパ各地に広がるネットワークを持っているため、来年度の課題であるネーデルランド地域の物語詩との関連を考察する際にも、今年度の成果を大いに利用できると期待している。今年度はこの歌集の恋の歌と十六世紀から目立ち始める新しいタイプの恋の歌との関連やその変容のパターンを分析して論文にする予定であったが、16年度までの科研費による研究成果をまとめた研究書『娘たちの恋と結婚』(現在初校の段階)の完成が遅れたため、その成果の一部をテーマ的に連続しているこの著書に組み込んだ。残りの成果は、なるべく早く論文として発表したいと考えている。
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