過去8年間に行ってきた「現代アメリカ文学におけるフォークナーの遺産の体系的研究」と「アメリカ文学における地方主義(regionalism)の体系的研究」に繋げる形で、平成17年度から4年計画で出発した本「アメリカ文学におけるエスニシティ(ethnicity)の地政学的研究」の2年目の平成18年度においては、まず前年度に十分考察する時間的余裕のなかったニューイングランドのアイルランド系劇作家ユージン・オニールを究明した。その後、本年度の課題である「南部を中心にしたアフリカ系アメリカ人作家たち」をテーマとして、まず南部を活動拠点としたアリス・ウォーカー、ニューヨークや中西部を拠点としたトニ・モリスン、ジェイムズ・ボールドウィン、ジーン・トゥーマー、南部と北部の両地域にまたがるゾラ・ニール・ハーストン、ラルフ・エリスン、リチャード・ライト等の作家を取り上げ、彼らの文学テクストにおけるエスニシティ表象と、地域のイメージやアイデンディティの感覚がそれらに及ぼす影響を考究した。これには伝統的な人種と階級、あるいはブラック・ナショナリズムや反知性主義の問題も絡んでくるので、文学研究書だけでなく、その隣接領域の社会学や歴史学、あるいは民俗学や宗教学の研究書も購入して、上記目的を広く深く研究する土台を固める努力をした。 同時に、『文学における場所』の著者であるデューク大学のロバート・ダイノット教授や、「黒人の大移動」という日本人研究者には分かりにくい現象について造詣が深いアリゾナ大学のチャールズ・スクラッグズ教授やウィスコンシン大学のピーター・ゴットリーフ教授とEメールを通して研究成果の情報交換を行い、また研究上のアドバイスを受けることができた。さらに南部と言えば、地政学という観点からは、合衆国の異端児として生きて来た歴史を抜きにしては語れないし、その文学の中心にはウィリアム・フォークナーがいるので、この分野の権威であるミシシッピ大学教授のドナルド・カーティゲイナー教授を夏季帰省中のワシントン州シアトルの自宅に訪ね、国際的に第一線で活躍する彼から多くの知見を得て、自分の研究の足りないところを補い、今後の研究の指針となる示唆を頂いた。さらに、フォークナーのアメリカ文学における後継者であるモリスンとの比較において、モリスン文学におけるエスニシティ表象と地政学の観点から、黒人文学研究の先端にいる学者たち、例えば、シカゴのロヨラ大学のJ・ブルックス・ブーソン教授たちとEメールで意見交換をし、彼女を排出した文化的な背景の研究に関する貴重な情報を受け取った。ノートパソコンを購入したことで、海外での研究を能率的に推進することができたことも報告しておきたい。 本年度には運良く、著名な二人のフォークナー研究者一サウスイースト・ミズーリ州立大学のロバート・W・ハムリン教授とミシシッピ州立大学のノエル・ポーク教授一が客員教授として東京の私立大学にて短期間授業をするために来日し、彼らを広島大学に招聰して講演を行ってもらい、意見交換の場を持つことができた。
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