平成19年度は、南チロルとオーストリアに赴き、作家Sepp Mall、Helene Floss、Joseph Zodererにインタヴューした。Sepp MallとHelene Flossは南チロルの歴史に取材した作品を発表しており、歴史との葛藤を描いているという意味でJoseph Zodererに通ずるものを持っている。19年度は、Helene Flossの二つの小説"Lowen im Holz"(2003)と"Schnittbogen"(2002)を重点的に研究した。前者は二つの世界大戦の狭間に生きた南チロルのイタリア人やドイツ語住民を描いたものであり、後者は、第二次大戦中、とりわけ「国籍選択」やドイツ軍進駐の際、南チロルの日常に否応なく入り込んできた「政治」という問題を扱ったものである。 平成19年度秋には、詩人Norbert Conrad Kaserから現在に至るまでの南チロルの文学を概観する学会発表(口頭)を行い、それを論文の形に纏めた。この論文の中ではKaserのほか、Joseph Zoderer、Sabine Gruber、Helene Floss、Sepp Mallについて、60年代以降の新しい南チロルの文学を代表する作家として詳しく論じた。とりわけ問題としたのは、68年運動の流れの中で創作した作家たちの、郷土文学(ハイマート・リテラトゥア)からの決別、反ナショナリズムの文学としての新しい南チロル文学である。南チロルの文学に見られる特徴的テーマとして、多文化の狭間の中で成長する若者のアイデンティティの探求、そうした探求におけるheimischとは何か、fremdとは何か、言語はそこでどんな役割を果たしているのか、という問題を扱った。また、Joseph Zodererの小説『手を洗うときの幸福』の一部を翻訳し、発表した。
|