平成19年度の研究は、次の三つの点から行った。(1)前年度より引き続き、ロマン主義第一世代における急進派科学および科学者との影響関係の検討。(2)ロマン主義作家の作品における自然科学が対象とする事物の描写について。(3)ロマン主義第二世代以降における、文学と科学の相互的関係についての言説について。(1)については、(1)プリーストリーやベドーズに代表される1790年代までの科学思想が、宗教的社会改良の理念を包含するものであることを検証し、物質論的科学観がコールリッジの友人、J.セルウォルのパンフレットに見られること、またコールリッジがこれに対して"This Lime-Tree Bower My Prison"を書いて応答していることを明らかにした。これはこの詩の読解に新しい視点を与えるものである。(2)急進派科学は、1800年代に入ると急速に影響力を失うが、それと入れ替わりに新しい科学を担う者として登場したのがH.デイビーであり、コールリッジはデイビーとの交流を通して、科学研究が国家的期待を担う姿へと変化する過程を体験した。これら(1)、(2)の点については、二つの論文にまとめて現在それぞれ投稿中である。(2)については、特にコールリッジの"The Eolian Harp"に焦点を絞って研究した。この詩におけるニュートン光学やハートリーの連想心理の思想を詳細に検討するとともに、コールリッジ晩年の思索には、イオニアのハープのイメージとプリーストリーのMatter and Spiritで展開された精神的物質論とでもいうべき思想との関連が読み取れることが明らかになった。この他、ワーズワスやキーツ、シェリーなどの詩作品については来年度の研究とする。(3)は、アイルランドの数学者W.R.ハミルトンの後年(1840〜50年代)におけるロマンスへの志向を、文芸と科学の統一の理念の残滓としてとらえ、本研究テーマとの関連を具体的に検討した。アイルランド国立図書館およびトリニティ・カレッジ・ダブリンにおけるハミルトンの草稿調査を行い、これまで出版されていない手稿、ノートの中から、重要なものを筆写した。これらの調査成果は、コールリッジのハミルトンへの影響を分析するとともに、来年度の国際コールリッジ学会で発表し、その後論文としてまとめる予定である。
|