3年間にわたる研究課題の最終年度として、研究全体の統括を行い、その成果を論文『越境する「言葉-現代英語圏文学の新たな地平』にまとめた。3年間の各段階の研究をふまえ、それぞれの段階で得られた知見を包括的に再編、新たに加筆したものであるが、特に平成19年度では最終章となる現代パレスチナ文学研究にまで展開することで、ポストホロコーストからポストコロニアルまでの方向性を現代英語圏文学の流れとして跡づけた。 具体的内容としては、Mahmoud Darwishに焦点を当て、モダニズム文学の手法を踏襲しつつ、そこにどのようにパレスチナおよびイスラエルの歴史観が織り込まれているかを分析し、英語に翻訳されることによってアラブ文学が「英語圏文学」に与える影響について考察を行った。一つにはポストホロコーストの言説としての「NAKBA」の表象が文学にもちこまれているという重要な観点がその知見として得られたと同時に、もう一方では、サイードなどのポストコロニアル理論の射程から、パレスチナ文学の透視する「政治意識」が明らかにポストコロニアル批評の展開に連動しているということが明らかになった。包括的なテーマでもある21世紀の「平和構築」において、文学が果たしうる役割と意義があらためて確認されたといえる。 さらに今後の研究課題として、英語圏文学に翻訳を通して紹介されていっている脱植民地をテーマとする文学の流れを追っていく必要が浮上した。今回の研究では、Columbia Universityで始動したアラブ文学の英訳プロジェクトPROTAの資料、文献がひじょうに有益であったことから、さらにPROTAの活動の展開を追うことも有益であると考えられる。 このように、研究課題の「現代英文学における平和構築の可能性」が、翻訳をふくむ「英語圏」文学というさらに広い視座から展開されていること、その研究方法としてポストコロニアル批評理論との関連性を照射することが、本研究の意義である一つの結論として導かれた。
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