1940年代前半のハノイの社会状況は、日本軍の進駐という否定的な側面はあるものの、従来ベトナムの歴史研究者、文学研究者が語ってきたような停滞的な状況ではなく、活発な側面が見られることを一定程度究明できた。期間は短かったが、日・仏印文化提携のもとにさまざまな文化交流が日・仏印間で行われ、文学者・知識人を含むハノイ市民になんらかの刺激となったことを資料により認定できた。特にベトナムの文学者・知識人の文化活動に関して、次の研究成果を得ることができた。この時期においては、ブー・ゴック・ファン、ホアイ・タイン、ホー・ゼンなどの文学者たち、および「チ・タン(知新)」、「タイン・ギ(清議)」、「ハン・トゥエン(韓詮)」、「スアントゥ・ニャタップ(春秋雅集)」の4つのグループによる文学・文化活動が展開され、さまざまな著作物が世に出たが、彼らが残した小説、文学雑誌、文学研究書はベトナムの文学・文化史において今日も歴史的な意義と価値を有するものであることを明らかにし、再評価への判断根拠を見出した。
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