近年、中国では伝播学という分野が注目を浴びているようであるが、石印本を取り上げることはまさに未開拓の領域を出版文化や伝播学の角度から見直す好い機会となろう。しかし、石印に関する情報・資料は限られたものでしかなく、そもそも印刷形態に着目した目録等は存在しない。そこで、研究代表者は予備的調査をもとに、17年度上海、18年度北京における実地調査を進め、初歩的な石印本目録を作成した。しかし、当該期間において、先行資料の『小説書坊録』が情報を大幅に修正し、加えて『中国近代古籍出版発行史料叢刊』『同続編』など大部の資料が一度に公表されるなど、やや手をもてあますこととなり、目録の情報の整備にはもう少し時間がかかると思われる。また、北京では首都図書館に多くの石印本小説が蔵されるものの、実地調査には至らなかった。今後の課題としたい。 中国において石印を利用した小説は、大体1880年代から1930年代にかけての50年間ほど、即ち近世から近代への時代の転換期に用いられていたことがわかっている。木版、鉛印と並行した清末光緒期、1910年代を頂点とする鉛印が主体の雑誌の発表、活字への移行が著しい中華民国期と、時代によって地域社会との関係や出版文化の歴史的変遷における石印の位置付けが概観確認できた。なかでも、清末光緒期に石印のみで発行された小説には、武侠講史(歴史の戦乱)を素材とした作品が多い点を特徴として発見解明した。仮説では、これら武侠を内容とする作品と、明末清初に流行したのと同様の才子佳人小説とが並行して隆盛したと予測していたが、おおよそ才子佳人小説は中華民国期に主点があり、書物の印刷形態形式にもやや差違があることが明らかになった。
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