今年度は、神戸大学住田文庫中のアイヌ語文献の調査。及び北海道大学付属図書館北方資料室のアイヌ語文献の調査を行った。その結果、神戸大学住田文庫中に大量のアイヌ語関係文献を発見し、学術的に貴重な資料であることが明らかとなった。特に重要なのは、「蝦夷地言葉」と題されたアイヌ語の語彙集である。この書は、著者名や採録地は不明であるが、江戸時代末期のものであることは確かであり、著者が本州から公務で蝦夷地へ派遣された人物であることもほぼ確実で、公務の合間にアイヌ語に興味を持ち、資料を求めてそれを筆写したものであることが推定される。内容は、これまでに知られている主なアイヌ語資料とはかなり性格が異なるもので、類例をみないものである。他の資料が専ら語彙を中心としているのにたいし、会話集的な資料であり、文例が数多く載っているのが貴重である。また、内容は旅行者向けと思われる文例が多く、幕末には、このような実用書的なアイヌ語学書が作成され、かなり流布していたらしいことが推定され、実用的であるがゆえに、今日残っているものは極めて稀と思われ、ユニークな資料として注目される。北海道大学北方資料室の諸資料についても調査を行ったが、特にアイヌ語文献の研究に欠かせない当時の松前地方の方言を記した「松前方言稿」を複写、分析した。なお、論文「アイヌ語地名研究と言語学」は、アイヌ語地名研究に古文献の研究を応用して地名によく母音脱落がみられるという定説に疑義を述べたものであり、「土人共江申渡書のアイヌ語について」は光丘文庫、加賀屋文書、積丹町史資料のアイヌ語申渡文の分析から江戸時代のアイヌ語方言の差異や申渡文の言語資料としての価値や性格を明らかにしたものである。「アイヌ語千歳方言のアスペクト」は、アイヌ語の古文献の分析において必要不可欠な現代アイヌ語の文法的な特徴、とくにアスペクトという文法現象を論じたものである。
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