人間の言語一般が示す表面的にはさまざまに異なる統語規則を決定する原理として、本研究では、文の産出と理解の過程における「効率性」を提示している。効率性とは、アンドレ・マルチネの主張した「経済性」にも近い概念であるが、任意の現象を材料としてこれを文へと言語化する過程で、脳において実行される情報処理の複雑性を最も軽減するという性質を言う。効率性を定量的に測定する手段としては、文を構成する形態素列に追加される新たな形態素によって、文が表示する可能性のある事態数が減少する割合としての「事態数減少度」を一つの重要な指標として、その理論的有効性を検討している。ただし、事態数減少度の測定においては、個別言語が語彙目録中に所有する各品詞ごとの形態素数を定数として組み入れなければならないのであるが、これだけでは産出と理解の過程を忠実に反映するものだとは言えないため、さらなる指標として、状況や話者の知識をも考慮に入れた、使用される可能性のある形態素の選択肢数を変数として組み入れる方法も考案した。文のレベルで形態素配列の規則を決定する一般的原理は、以上のようにかなりの程度解明を進めたのであるが、さらに上位の単位である「テクスト」または「談話」を構成する要素としての文も、何らかの一般的原理に従って配列されていることが高い確率で予測される。文配列を支配する原理の有力候補として、やはり「効率性」をあげることができるのであるが、この予測が妥当なものであるかを検証することは、本研究の成果を発展させる優れた契機となりうる。これを目的として、文学、思想、学術等の類別に従うテクストの構造を普遍的に表示する枠組みの構築を、本年度の研究で試みた。この成果は、テクスト科学一般に対して理論的貢献をなすものと期待される。
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