明代末期の著名な儒者〓敬が著した『詩経』の注釈『毛詩原解』の明刊本に見える音注のうち、『詩経』の本文の文字に対して付されたものをすべて抽出し、同じ著者の手になる韻書「五声譜」(『読書通』所載)の音系と比較対照しつつ、その音韻的特徴を明らかにした。その結果、『毛詩原解』の音注は、「五声譜」の音系とよく似た特徴を備えていることがわかった。「五声譜」は中古音以降のさまざまな音韻変化を反映し、かつ、つとに、〓敬の故郷である湖北方言に基づく可能性が指摘されている資料である。したがって、『毛詩原解』は、『詩経』の押韻字の認定にはかなり正確な面がある反面、言語音の歴史的変化に対する認識はあいまいであると言える。但し、『毛詩原解』の音注は、細かい点では「五声譜」と一致しない部分もあり、例えば、入声字の押韻の許容範囲は、「五声譜」の分韻より緩やかであるし、通摂入声や遇摂-等端組精組・三等荘組字の分韻などはむしろ「五声譜」より中古音の枠量みに近い部分があるなどの特徴がうかがわれた。 報告書では上記の分析結果をまとめたほかに、『詩経』の各詩編の押韻字(王力『詩経韻読』に従う)と『毛詩原解』の音注の韻部別対照表・押韻していない文字に対する音注の一覧表を、それぞれ中古音を注記して作成し、『毛詩原解』の(『詩経』本文に対する)音注一覧と合わせて、別冊『報告書 資料編』に編集した。 本研究により、明代末期の儒者による『詩経』の読まれ方の一端が解明できたのではないかと考えている。
|