17年度は愛媛県の調査を計画し、南予・中予・東予という地域区分を参照しながら、次の4地点を選び、それぞれ四日間の実地調査を2月末から3月末まで集中的に行い、予定通り完了した。調査地点は(1)〜(4)として示す。 (1)宇和島市(2)喜多郡内子町(3)今治市(4)四国中央市(旧川之江市・旧伊予三島市) 1.感動表現に用いられる「〜や」は(1)において、中年層以上の男女にかなりよく使用されることを確認した。オトロシヤをはじめとしてツラヤ・ウレシヤ・ガイヤなど、悲喜こもごもの感動表現に不可欠の表現形式であると言える。20代の若年層での使用、小学生の観察(祖父母の使用)の指摘も見られた。質問に付随して得られた被調査者からの教示を総合すると、この形式はかなり多くの形容詞に接続可能で、(1)を中心とした南予地方の特徴的語法と判断される。(2)(3)(4)ではほとんど振るわず、老年層にオトロシヤが少し確認できた程度で、「や」は使わないという回答が大勢を占めた。また、恐ろしい時と驚いた時の区別が(1)では明瞭であるのに対して、(2)〜(4)ではしばしば同じタマゲタ・ビックリシタが回答されやすく、「〜や」形式の安定した(1)と対照的である。なお、(1)ではタマゲタがタマゲヤになる回答も含まれており、形容詞のみならず動詞にまで食い込んでくる「〜や」形式の勢力が安定していることを窺わせる。 2.失敗した時や残念な気持ちを表す表現にはシモータ・シモタが用いられ、愛媛県下での特異な表現は確認できなかった。しかし、(1)で「バッサリは高知のことば」であるという複数の指摘、「ヤマッタを使う」という(2)の40代男性の教示は、これらの成立や分布を考える上で少ないながらも何らかの情報を提供してくれるものと判断する。 3.「どこ・だれ・なに(どれ)・いつ」に「〜でもは」を下接し、否定で結ぶ表現の体系的な調査から、愛媛県内の地域差が見えてきた。(1)(2)はドコマリ・ダレマリ・ナニマリ・ドレマリ・イツマリ、(3)(4)はドコバリ・ダレバリ・ナニバリ・ドレバリ・イツバリのように、「〜マリ」と「〜バリ」の音韻対立で、単純な結果とも受け止められるが、その出自を考察する上で、両者の先後関係が争点になる。また、5つの語が同じ程度に使用されているのではないことがわかってきた。すなわち、「ドコ〜」・「ダレ〜」・「ナニ〜」は回答されやすいのに対して、「ドレ〜」・「イツ〜」は人によって使わないという場合があり、体系の内部差が考えられる。また、世代差も大きい。これらは四国地方を覆う共通性に支えられながらも、音韻対立・体系差が、果たして四国四県という枠組みとどう関わり合うか、あるいは逸脱するか、今後予定している他3県の調査結果との比較考察がとくに俟たれる文法項目である。
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