研究概要 |
本研究の目的は、日本語と類型論的に大きく異なる特徴を有する他言語との対照や、類型論的に非常に類似した言語との対照などを多角的に行うことで、日本語のモダリティの文法化の特異性を相対化させることにあった。まず、個別言語にみられる特異な文法化現象が意味構造のあり方や成り立ちとも関連していることを考察した。その過程で、文法化には意味変化を伴わないものや、逆に文法化の伴わない意味変化もあることが明らかとなった。また、モダリティの意味変化を伴う文法化プロセス、即ち、既に文法的機能を獲得した形式の意味機能がさらに拡大するプロセス(多機能化)や機能的意味の意味区分が固定化されるプロセス(特定的意味への分化)など、文法化プロセスの後のさらなる意味変化に焦点を当てながら、モダリティ概念に関する歴史的意味変化の分析を重ねていった。その意味でも、認知類型論的観点から、様々な言語に現れる、有限個にまとめられる認知プロセスにはどのようなものがあり、各言語にそれがどのように現れているかについての実証研究を発表した点で、極めて多くの有意義な示唆を与えるものとなった。さらに、歴史的意味変化の動機や方向性は言語によって異なる(黒滝2004)という仮説を再検証するために、個別言語にみられる特異な文法化現象から意味構造のあり方や成り立ちを分析した。その上で、「印欧語モダリティは“意志"が分化の鍵となっているが、一方、日本語、タイ語、中国語や韓国語などのモダリティにおいては“否定"が分化の引き金となっている。」ことを論じた。総じて、認知類型論(池上1981,Kemmer2003)的観点から考究し、言語による相違を認知様式の類型(文化モデル)の違いにより追究した。個別性と普遍性のあり方について具体的な示唆が得られたという点で本研究の意義は大いにあるといえよう。
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