今年度の科学研究費補助金を旅費として利用した東寺観智院経蔵の調査において、『摩多体文清濁記』(成立年不明、室町時代書写か)という、等韻学の悉曇学への導入を考察する上で、きわめて重要な著作を精査する機会を得た。悉曇の体文(子音組織等)の分析に、『韻鏡』の音分類を適用して、調音位置に関しては五音(半舌・半歯を加算すれば七音)、調音様式および声の有無に関しては、清・次清・濁・清濁の四分類を採用する方式は、室町時代の『悉曇字記創学鈔』巻九の賢宝補筆部分が、その早い例として指摘できるが、『摩多体文清濁記』は『悉曇字記創学鈔』の該当部分と、きわめて近似する内容・形式を持ったものであるのみならず、言及項目数は『創学鈔』をはるかに凌駕するものである。『摩多体文清濁記』が、『悉曇字記創学鈔』から該当部分を抜き出し、後に増補したものであるのか、『悉曇字記創学鈔』の成立過程において、その素材として整理されたものであるのかは未詳であるが、中世悉曇学史上、重要な意味を持つ資料あることは疑い得ないものである。 また、今年度の入力作業としては、近世唐音のうち、心越系の資料である『東皐琴譜』の刊本・写本数点、および、同種の琴譜資料(いずれも都立中央図書館蔵本による)を中心に作業を行った。また、悉曇関係の資料としては、東寺観智院経蔵の悉曇章のうち、閲覧する機会のあった二点(「安国寺本悉曇章」<東寺金剛蔵第二〇一函二〇号>・「全雅本悉曇章」<東寺金剛蔵第二〇一函一九号>)について、仮名音注の摘出作業を行った(今年度は入力作業には至らなかったため、来年度以降に入力作業を行う予定である)。
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