1.近世京都における漢語アクセントの実態とその史的位置づけについて考察した。 (a)2拍1字漢語の場合、『平家正節』にあらわれるもの約120語のうち、漢音形・呉音形いずれの場合も、その多くは伝統的な声調に基づくか、そこから規則的に変化したアクセント型をとるが、現代にいたるまでに基本型であるHL型にいくぶん集中する傾向をみせる。 (b)3拍2字漢語の場合、{1+2}拍構造のもの(約300語)では、HLL型に半分以上の語が集まり、基本型化している様子がみられる。対して{2+1}拍構造のもの(約300語)では、HLL型への集中はそれほどでもなく、むしろ前部が2拍で「去声」がLHで実現することから、低起式のLHL型が数を増している。 (c)4拍2字漢語の場合({2+2}拍構造のもの、約650語)は、《口説》という曲節においてはHHHL型が比較的多く、《白声》ではHHHH型が比較的多い。現代京都アクセントと比較すると、HHHH型を基本アクセントとする動きが近世に出てきていると見ることができる。 2.平曲伝書の一つ『言語国訛』の識語ならびにそのアクセントに関わる記述内容に考察を加えた。 (a)同書識語にみえる「羽鳥の翁」について筑波大学附属図書館蔵本中の記述から、それが平曲伝承者「羽鳥松□」(□は「多」に、しんにょう)であることを確認した。 (b)同書の記述に、漢音・呉音の区別なく、韻書の声調を説明に用いたところがまま見られ、そこに同書の音調記述におけるあいまいさの一因がある。
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