本研究は、戦前期日本のアジア研究のなかで、もっとも蓄積の多い満洲国における調査機関の農業関係調査に焦点をあてて行った。現在でも中国東北は農業生産を主要産業としているが、満洲国期には、重化学工業化が政策としてとられてはいるが、産業のなかで農業の占める地位は圧倒的であった。そのため、増産対策、農業構造改善、満洲移民などさまざまの側面からの対策立案のために調査研究が行われた。その意味で、満洲農業研究は、現在的意味をも有している。 本年度は、本研究の最終年度であるため、まず、「満洲農業関係文献目録」の完成をめざした。昨年度作成した「予備版」に、新たに、京都大学農学部、経済学部、人文科学研究所分を採録し、また中国でもっとも公開度の高い遼寧省档案館、吉林省社会科学院満鉄資料館所蔵分も収録した。本目録は、本研究の成果の一部として刊行し、また近いうちにウェブサイトで公開する予定である。 また、9月に大連市図書館、遼寧省档案館、遼寧省図書館、吉林省社会科学院満鉄資料館、吉林省档案館、黒龍江省図書館などで現地調査を行い、関連する文献の書誌調査と入手に努めた。 もともと東北に所在した日本側調査報告は、新中国成立間もない時期に北京に移されたものも多い。このため、北京における満洲国期の関連資料の所蔵状況の聴き取りのために、北京大学歴史系牛大勇教授を新潟に招聘し、研究会を実施した。 また、満洲農業研究に戦前大きな役割を果たした天野元之助の調査の足跡を明らかにする「満鉄調査部と農業調査-天野元之助中国研究回想」をまとめた(7月刊行予定)、さらに、最末期の満鉄調査組織の調査活動に関する研究については、「アジア太平洋戦争下の満鉄調査組織」を執筆し、秋には発表の予定である。本研究の副産物ではあるが、満洲国の農産物では大豆生産がもっとも重視されていたが、その輸出に重要な役割を果たした羅津港(北部朝鮮)の建設から最終期までを検討した論文「満鉄の北鮮港湾経営」を執筆発表した。
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