本年度は「出雲国正税返却帳」(以下本帳)の史料的性格について、次の点を中心に検討した。 1.九条家本『延喜式』裏文書としての精査、分析。 2.本帳にかかわる時期の出雲守とその動向。 3.別納租穀により位禄支給対象者の実在性の確認作業。 4.本年度計画には明記してなかったが、1、2とあわせて記載数値の検証作業を行った。 以下、各項ごとにその概要を示す。 1.東京国立博物館より貸与された高解像度カラー写真デジタルデータにより、改めて本帳全体の精査を行い(おそらく肉眼より詳細な観察ができたと思われる)、体裁、紙継目、筆跡など従来の研究では必ずしも明確ではなかった点を明らかにし、従来の翻刻の誤りなどをただし、文字、テキストの確定作業を行った。これによって従来利用されていた『平安遺分』のテキストは不十分であることが確実になった。 2.本帳は承暦元年(1077)12月末日付で作成された延久2年(1070)〜承保元年(1074)度5か年分の正税返却帳である。必ずしも明確でなかったこの間の出雲守を明らかにした。摂関家家司の藤原行房、藤原清綱、源経仲と代わり、この交替が本帳の作成の契機として考えられ、また彼らの動向が摂関家周辺で書写された延喜式の料紙としての本帳の紙背が使用されたことにも関係すると考えられた。 3.五位クラスや女官が多く、他の資料がほとんど残されていないため確認、追跡調査できる人物は多くない。なかには人名として明らかに不自然なものも含まれていることから、確認できない人物の中には誤写によるもの少なくないと思われる。 4.明らかな数字の誤写、計算の合致しない数値などが多数検出された。3、4で検出されたように、過去に遡って不正確な人物や数字の記載が、しかも各年度帳に共通して多数見られることは、本帳の性格にかかわる重要な特徴と考えられる。
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