本研究は、社会において日常の具体的生活が共有されるところの、たとえば村落、郷党、郷里などとよばれる空間と、日常生活の空間を拡延した県・郡・州単位、さらには王朝の領域全体に及ぶ範囲の二つの場からの分析を基本的な方法として、血縁的結合と地縁的結合の関係のあり方を考察したものである。 前者については、当時の文献史料における、家族を表す「百口」という表現を手がかりにして、この時代に血縁的関係が分解の傾向にあることと、あらたな血縁的関係が再編される動向にあることを推測し、一方では、村落、郷党を中心とする地縁的関係が社会において重要な規制的機能を発揮しつつあることを推測した。さらに、本来排他的な血縁、地縁の両結合が補完的な関係にあり、その結果、社会秩序が一定の安定を得たのではないかと考えた。 後者については、一例として、華北から江南への移住民を具体的に考察した。かれらは地縁的結合によって集団を形成し、それを単位として移動したが、移動が長くなるにつれて地縁的結合は弛緩し、血縁的結合のみを維持しつつ、在地社会に吸収されていった推論した。 さらに別の一例として、上層階層における居住地と本貫との乖離という現象の中で、地縁的結合と血縁的結合の関係を、姻戚関係から考察しようとした。上層階層の婚姻関係は州郡県単位の地域的限定を超越し、全国規模に拡大することになったが、それは無限定ではなく、特定の地域と家族による姻戚関係が構築されている。それは従来、特定の貴族層による排他的身分内婚制と理解されているが、換言すれば血縁的結合と地縁的結合のある種の関係と考えるべきであると思われる。
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