本年度はまず北伐時期の太平天国の動向にスポットを当て、『清政府鎮圧太平天国史料』『宮中档咸豊朝奏摺』を中心に太平軍、清軍の動きを分析した。その結果北京に潜入した太平軍の密偵が北京の防衛力を過大評価し、それが天津における籠城戦で時間を浪費する原因になったことを明らかにした。この成果は論文「太平天国の北伐中期における諸問題-山西から天津まで」として発表した。 今年度はまた太平天国前期(1853年〜1856年)の長江中流域における戦闘と地方経営について、档案史料と地方志史料を整理した。とくに湖北の各地反乱については台湾故宮博物院、中国第一歴史档案館の档案史料を系統的に整理し、『太平天国史料集』第四集、咸豊湖北各地反乱にまとめた。また湖北の地方志については東洋文庫、静嘉堂文庫で関連部分を閲覧、整理し、『太平天国史料集』第五集、湖北地方志選録(上)にまとめた。 前年度に重点を置いた太平天国前夜の広西の社会状況については、『太平天国史料集』第三集、嘉慶・道光期の広西社会問題としてまとめた。また台湾故宮博物院所蔵の月摺档を系統的に閲覧、収集し、その一部(1856年〜1857年)を『清宮月摺档之太平天国史料』第一集としてまとめた。これらの史料編纂作業は、今後も引き続き行う予定である。 なお本年度は洪秀全の青年時代の科挙受験失敗と特異な幻夢体験、キリスト教の受容とその著作に見られる大同ユートピアなどについて、档案史料を手がかりにその社会背景について分析を進めた。とくに広東学政李泰交の自殺事件など、新発見史料をもとに洪秀全の挫折について詳細に分析し、彼らの布教活動が成功した原因の一つにはキリスト教解禁をめぐる清朝とフランスの交渉があった事実を解明した。
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