本研究は19世紀中葉の中国で発生した太平天国運動について、宗教および民族関係に注目しながら、それが中国近代史にいかなる影響をもたらしたかを考察した。とくに運動が発生した中国南部の社会変容について、台北の国立故宮博物院に所蔵された档案史料、英国National Archives に所蔵された地方档案を活用し、客観的な立場から歴史像の再構築を試みた。その結果太平天国はヨーロッパ人宣教師がもたらしたキリスト教の影響を強く受けたが、そこで受容されたのは「福音主義」とヨーロッパ文明の優位に対する確信に支えられたユダヤ・キリスト教思想の「不寛容」さであり、太平天国の急速な発展を可能にしたことを解明した。また太平軍の異常な熱心さや虐殺行為は、20 世紀のマルクス主義と同じく近代社会が中国にもたらした負の側面であったことが明らかになった。
|