本年度は本課題の第一段階の研究にあたって、遼上京(中国内蒙古自治区巴林左旗・巴林右旗・阿魯科爾沁旗など)に赴き契丹文字墓誌拓本の収集並びに遼代遺跡の調査をおこなった。遼朝皇族の墓の大部分はこの地域の山麓にあり、近年ここから遼墓の発見や墓誌の出土の情報が続々と伝えられている。しかしながら、解読能力をもつ研究者がごく少数であるため、墓誌の出土後数年を経ても研究するものがおらず公開されないことがあり、公開されるにしても、大多数は簡単な紹介的な文章であるに過ぎず、実質的な進展は認められない。これまで公開された墓誌のほとんどは模本であり、拓本と対比すると、契丹文字墓誌の引用と解釈に少なからぬ錯誤があることが分かる。本年度の研究成果は、今回の調査によって入手した契丹文字墓誌と関連漢文墓誌をもとになしたものである。研究代表者はすでにすべての契丹小字を電子化し、いまのところ解読のレベルはかなりの程度に達しており、墓誌銘に記述する墓主の房族・世系・職歴などが速やかに解読でき、『遼史』の記述と対比した上一連の史実を解明することが出来るようになった。それだけでなく、契丹大字についても、研究代表者の新作『契丹大字研究』によって、数百文字の解読に成功し、墓誌銘に記述する墓主に関する一部の家系を解読しうるようになった。以上の解読成果よりもたらされた新資料をもとに、遼朝の皇族に属する「三父房」の中にある孟父房と季父房及び皇族耶律氏を賜わった韓知古家族それぞれの世系考証について従来にない観点で論証した。ほかには、前年度の調査の際に獲得した遼朝の国舅族を記述する史料価値が非常に高い契丹小字墓誌の研究も完成し、今後の遼朝国舅帳に関する深く立ち入った研究の、堅固な基礎を構築した。
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