ノルマンディのコタンタン半島に位置するヴァローニュの産科医ギヨーム・モケ・ド・ラ・モットの生涯を追う中で、彼の助産の中心にあった手技の意味を明らかにするとともに、17世紀末~18世紀における外科医と医学者の論争の分析を通じて、外科医による助産の倫理と、それに敵対するカトリック神学をベースにした医学者の立場との対立点を明らかにした。これによって、モケ・ド・ラ・モットの助産の意味をより鮮明に捉えなおすことができた。この成果については現在、既発表の論文をベースにより包括的な学術書としてまとめ出版を準備中である。また地方長官による助産婦の養成事業が、助産婦中心の従来型の助産から外科医の影響下に置かれた助産婦による助産への転換をなすものであったことを、ロレーヌの事例から明らかにした。後者については、別途準備中の、アルザス・ロレーヌの多数決原理による産婆の選択に関する研究と合わせ、いずれ学術書としてまとめ、発表する予定である。
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