近々数年のうちに、中世初期国家研究はパラダイムの大きな転換を示している。その具体的な内実は、この国家体制に関して著しく低く評価されて来た公的秩序の再評価である。これは同時に旧来の近代国家をモデルに構築された国家概念を中世初期に無批判に適用してきたことへの深刻な反省を意味している。このように議論の方向性を定めたとき、英国の歴史家クリス・ウィッカムが二〇〇五年に出版した大著『中世初期の枠組を作る。ヨーロッパと地中海世界、400-800年』の議論が注目される。ウィッカムはこのなかで、歴史的な国家の理念型を構成する要素として、以下の五つを挙げる。第一は、裁判組織や軍隊などの正当性と強制力を具えた権威が中央集中化されていること。第二は、公的な役職としての官職が機能分化し、一定のハイアラーキーを形成し、個々の役人を超える永続性を有していること。第三に、支配する者、支配される者の個別のイデオロギーから独立した、公権力の概念が存在すること。第四に、支配者のための独立した安定的な財源の存在。第五に、階級を基礎とする余剰収奪と社会的成層化のシステムの存在である。 ウィッカムの提唱する新たな中世初期国家概念は、H.W.ゲーツ、M.インネス、W.ペールなど現在のヨーロッパ中世初期研究をリードする論客が提示するなかの一つでしかない。こうした論点を、われわれが抽出したメロヴィング国家の自己維持機制に特徴的な要素、すなわち1)王権の性格、2)部分王国体制、3)王家の婚姻戦略、4)教会組織との共生、5)独特の租税徴収システムなどと付き合わせながら構造的特質を解明するためには、まだ若干の作業が必要である。目下こうした方向での作業に全力を挙げて取り組んでいる。
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