本研究の課題は19-20世紀転換期のイギリスにおいて特筆すべき政治的現象となった民衆保守主義現象(端的には、労働者の保守党支持)の意味を探ることであり、主要な検討の対象としては、この時期に驚異的な成長を遂げた保守党系の政治団体であるプロムローズ・リーグをとりあげている。研究成果報告書には、「19世紀末のプリムローズ・リーグと「快楽の政治」:選挙運動、政治教育、社交・娯楽」および「コンサヴァティズムに導かれる女性:プリムローズ・リーグと女性の政治参加」という2つの論文を収録した。 前者は、選挙制度改革の波紋が広がる中でプリムローズ・リーグがいかなる活動を実践し、それがいかにして多くの労働者を巻き込んでいったのかを考察するものであり、なによりも、労働者の欲望を肯定し、充足させる社交的・娯楽的なイヴェントこそが、労働者の日常生活への浸透の最も効果的な回路だったことを明らかにする。プリムローズ・リーグが実践した「快楽の政治」とは、政治的民主化の進行に対応し、日常生活のレヴェルから労働者を保守主義へと誘導するための手法に他ならなかった。 後者がクローズ・アップするのは、プリムローズ・リーグを介して進展した女性の政治参加である。「女らしさ」を担保できる政治活動の機会、そしてそれを支える言説を用意することで、プリムローズ・リーグはそれまで政治とは縁遠いとされてきた女性のエネルギーを効果的に引き出したのであり、このこともまた世紀転換期の民衆保守主義現象の決定的な要因の1つであった。 これら2つの論文のそれを含めて、世紀転換期イギリスの民衆保守主義現象にかかわる論点を集成し、イギリス近現代史の中に位置づけたのが、2006年12月に岩波書店から刊行した『プリムローズ・リーグの時代』である。
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