研究課題
基盤研究(C)
本研究で取り上げたクロニカは、無文字世界のアンデスに生まれた先住民グァマン・ポマ(1550?-1616)が独習したスペイン語を駆使して書き綴った約1200ページに及ぶ浩瀚な『新しい記録と良き統治』(1615年擱筆。初版は1938年)である。20世紀末、イタリア人学者が「ナポリ文書」を論拠に、作品の著者をグァマン・ポマではなく、混血のイエズス会士ブラス・バレラとする新説を主張し、学界を揺るがす大論争を惹起した。新説は、その根拠である「ナポリ文書」が偽造文書であることが判明したため、学界ではほとんど支持されていないが、論争の結果、グァマン・ポマをスペイン語でクロニカを著した稀有な先住民として一方的に評価したり、その作品をアンデス文化の百科事典とみなしたりしてきた従来の研究の問題点が明らかになった。また、グァマン・ポマが、インカ期にワマンガへ移住させられたヤロ人のクラーカ(先住民集団の首長)を出自としていたことから、植民地時代初期のアンデス社会における「クラーカ」としての彼の行動や役割を解明して、作品編纂の動機や目的などを再検討する作業が急務となった。今回の調査・研究により、植民地時代当初よりスペイン当局に積極的に協力したグァマン・ポマが、17世紀初頭、他の先住民集団チャチャポヤ人との土地訴訟に敗れて以来、それまで、スペイン人聖職者ムルーアの影響下に書き綴っていたクロニカの草稿にかなりの修正を加え、最終的に、「インディオの父」と評価されるスペイン人ドミニコ会士ラス・カサスの思想を受け継ぐ論策として作品を完成させたのが判明した。また、16世紀末には、スペイン語に関して、会話のみならず、読み書きの能力も備えたクラーカが少なからず存在したことや、先住民たちが「訴訟」という法的手続きをスペイン支配の中で学び取り、生存手段として積極的に利用していたことなどが明らかになり、植民地時代における先住民社会の実態の解明に大きな手掛かりが得られた。
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