本研究は、1930年代のモスクワで、各住宅の管理・運営を末端で担った住宅組織、中でも「住宅賃貸協同組合(ZhAKT)」に着目し、その住宅協同組合とそこに集う住民自身が行った「文化活動」の諸相を明らかにすることを試みたものである。この文化活動は、メーデーや革命記念等の祝祭事業に住民を動員する活動や主婦や就学前児童への政治・社会教育といった当時の言葉で言う「文化大衆活動」と、食堂やランドリー、保育所や幼稚園の設置といった住民の日常生活に関連した生活環境整備事業=「文化生活活動」に大別された。本研究は、二つの側面を併せ持ったこの文化活動を、公共性論の視点を中心に、ジェンダー論的観点を交えながら分析することで、スターリン体制下の地域コミュニティ及びミクロ公共圏の実態を明らかにし、スターリニズムを再考したものである。 「文化活動」の中でも特に解明に力を注いだのは「自主運営食堂」事業である。というのもこれは、日常生活の根幹をなす「住」と「食」が交錯する局面で行われたプロジェクトであり、住宅協同組合や住民自身が、過酷な日常生活下でともすれば陥りがちな利己的な行動様式を超えて、共同性に基づく公共性を築き上げようとした試みと評価することが可能だからである。全体主義と称されるスターリン体制下で、下からの公共性作りの動きを解明できたことは、オリジナリティを誇れる本研究の成果といえる。なお、"Stalinist Public or Communitarian Project ? : Housing Organizations and Self-managed Canteens in Moscow's Frunze Raionと題した論文の執筆を終えており、英国の専門雑誌(Europe-Asia Studies)に投稿を予定している。その他、「文化活動」一般についても論文をまとめ、公刊した。
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