研究課題
基盤研究(C)
本研究は、13世紀サン・トメール市より伝来する同市の条例登記帳を主要な史料として、同市の水産物市場とワイン・ステープル市場の2部門と都市当局との関係を考察した。一方は日常品に関する公開型の市場、他方は重要な輸入・再輸出品に関するステープル市場と、それぞれ性格を異にするが、いずれにおいても都市当局の行った条例統制措置は、商業自体の抑制に刃向かっていない点で共通した。分析の結果、制定された条例規制の多くは、最低限の市場ルールの遵守とそれを監督する行政関係者の職責の強化であった。仮に商業関連の規制があるとしても、それはくり返し生じたであろう違反行為への注意の喚起と、積極的な取引現場の環境整備と品質保証のための措置であった。総じて都市当局は、サン・トメール市場の「信用」の維持には積極的に努めたといえるであろう。最近の経済学における歴史制度分析の立場では、このようなステープル制度を、商人自身にとっても必要な「最低限のルール」作りの場として取り上げるであろう。しかし、そのような解釈にもまして、はるかに歴史学的な解釈が可能と考える。13世紀の都市当局者にはキリスト教的な公共善も備わっていた。また、都市当局の役職者たちは自身が商人であるがゆえに、自己の利益を守ることにも関心はあったろうが、同時に商人であるがゆえに、商業の収益性・有益性だけでなくその危険や欠点も十分承知していたと推論できる。次第に本格化する自治行政を担うに当たって、身近なところに居合わす市民の食生活や経済生活上の不満に絶えず敏感にならざるをえなかった。総じて、この種の問題を当局による市場の管理という観点からのみ捉えてはならない。また、歴史制度分析のごとく、市場システム形成の要因のいっさいをゲーム理論に基づき商人の経営合理陸の視点から説明する必要もない。むしろ、行政と商業のたえまない葛藤として存立・展開する場、そこに本研究はヨーロッパ市場の出発点を見いだした。
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