漢代の北方境界領域では、中国世界と北方世界が多様な関係を有した。その様相を、政治、経済、文化、地理環境等の様々な視点から、複合的に描き出すことが本研究の目的である。地理環境と城郭を共通基礎資料として、政治史、環境史、自然地理学、考古学という各視点で分析を進めた。北方境界領域へは、二つの視点で接近した。それは、地域圏(広域)を対象とするマクロな視点と地域社会(狭域)を対象とするミクロな視点である。 マクロな視点では、漢の地域経営戦略や地域紐帯を明らかにして、地域圏の様相を検討した。そして、漢代以外の視点からその地域圏を比較して、検討した。開発や北方交通路の実態から辺境地域を比較し、城郭の分布や墓葬の構築技術に注目して、漢の北方境界領域の経営戦略を指摘した。類似した葬制からは、北方境界領域の地域紐帯・共通性を明らかにした。そして、地形分類と生業適応の関係に基づいた地理学的な地域圏や、中原を中心とした王権が成立する以前の地域圏のあり方や地域間関係を比較、対照することで、漢代の地域圏を検討した。ミクロな視点では、空間性と人・集団から、地域社会を検討した。城郭都市と周辺の生活諸遺跡を統合して地域社会の復元を試み、県城の領域を復元することによって、地域社会の空間性へと接近した。地域社会の運営主体である人・集団に対しては、「人口」「開発と徒民」「葬制と地域社会の階層集団」などの視点で接近した。 本研究では、地域圏(広域)と地域社会(狭域)を対照して、漢代北方境界領域の地域動態を重層的に描き出した。なお、漢代北方境界領域の地域動態を明らかにするだけでなく、多様な分析手法や検討視点を複合した、地域動態研究の一方法論を提示することができたと考えている。
|