本研究の対象は、中部太平洋キリバス共和国から日本へ出稼ぎに来て、カツオ漁船乗組員として雇用されているキリバス人である。故郷の島とは全く異なる言葉さえ通じない環境下におかれた出稼ぎ者の身体的所作の変化過程、さらには漁船および港での生活・労働に対する順応過程に関する予備的考察を行うことが目的である。 研究実施に当たり、1)労働および身体と文化に関連する文献資料の収集を行い、2)キリバス人出稼ぎ者が多数働く静岡県焼津漁港において予備的調査を行った。聞き取り調査を行ったカツオ漁船では、日本人21人、キリバス人10人が乗組員として労働に従事していた。調査から、航海中の密室化した船上での生活において過度の精神的ストレスがかかり、複雑な対人関係について乗組員が順応せざるを得ない状況が浮かび上がった。日本人どうしであっても、他乗組員との衝突を回避するため、アイコンタクトを避けるようにしている。キリバス人乗組員に関しては、殊に日本人に対して、温和で従順な態度をとる傾向がある。例えば、船上の仕事が比較的少ないとき、日本人乗組員が休憩していても、キリバス人乗組員は率先して作業を行っている。そうした行動をとりながらも、所有観念等の違いにより些細な問題が起こっているのが現状である。加えて、焼津港に寄航中、船上でのストレスから解放されるべく過度に飲酒し、ときに問題行動を起こして、周辺住民からの苦情が発せられることもある。一方、キリバス人の雇用が始まって20年以上経過し、1)日本人船員や雇用主がキリバス人に対する文化的差異を考慮し始めている、2)同一船で働くキリバス人の乗組員数を増やしている、3)出身地域の近いキリバス人乗組員を同一船で雇用する等の変化が見られ、過去との比較において順応が容易になってきたことが明らかになった。
|