本研究の対象は、中部太平洋キリバス共粕国から日本へ出稼ぎに来て、カツオ漁船乗組員として用されているキリバス人である。故郷の島とは全く異なり、言葉さえ通じない環境下におかれた出稼ぎ者の身体的所作の変化過程、さらには漁船および港での生活・労働に対する順応過程に関する考察を行うことが本研究の目的である。キリバスでは国策として海外へ出稼ぎ者を送り込み、その送金を外貨獲得の重要な手段にしてきた。しかし、コミュニケーションの困難さや所有観念、時間観念の差異から、些細な軋轢が雇用者やホスト国住民と出稼ぎ者との問に日常的に生じている。日本の港湾ではキリバス人漁船乗組員が飲酒による問題を引き起こし、数多くの解雇者が出ている。日本漁船のみならずニュージーランドの農場でも、2008年8月にキリバス人の研修生が農場主とトラブルを起こし、賃金未払いのまま、集団で本国に送還されるという事態が生じている。キリバス人出稼ぎ者においては、近代的な労働に必要なエピステモロジーが十全に身体化しておらず、何とか海外で職を見つけた場合でも、順応に失敗する事例が広く見られる。キリバスの人々は国家主導の下、新たな出稼ぎ先を開拓する必要に迫られているが、仮に雇用関係を結んだとしても、それを持続させるのは容易ではない。日本漁船出稼ぎ者において、10年以上にわたり労働に従事する者も確かにいるが、雇用者や日本人同僚との相互関係のなかで、順応に成功するのはむしろ例外的でさえある。逆に、海外で働くための技術や知識の習得以前に、近代的なエピステモロジーとキリバス人のそれとの乖離は大きいことが本研究において明らかになった。
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