本年度も昨年に引き続き主としてマレーシアにおけるイスラームと市民的価値との「整合」に関しての資料収集をおこなうとともに、それらの資料を基に、同国が憲法において保証する「宗教の自由」とイスラーム教義との相克がとりわけ強く現れる場としての「イスラームからの棄教」に焦点を当てながら、「整合」の実際のありようについて研究論文としてとりまとめた。 具体的には、マラヤ大学、マレーシア国民大学、マレーシア国立図書館において、同国のイスラーム関連法についての資料収集とあわせて、イスラームからの棄教が争点となった裁判事例(判例)について精査した。資料の分析から、マレーシアではイスラームからの棄教を、イスラーム法制度のなかに囲い込みながらもしかし明確に規定することはしないという、曖昧な位置に留めおいていることがあきらかになった。これは一方で、イスラーム教義と市民的価値(宗教の自由など)との「整合」を微妙なバランスの上に「制度化」したものであり、同時に、多民族多宗教国家において多数派を占めるマレー系イスラーム教徒からの政治的支持を得つつ、かつ非イスラーム教徒にも配慮するという、マレーシア政治に固有の相反する力の結果として具体化されたものでもある。 さらにマレーシア調査に付随して、タイ国立図書館、イスラミックセンター(注:タイにおけるイスラームの中心組織)等において、同国のイスラームおよびイスラーム教徒にかんする法制、行政、政策についての資料収集と関係者への聞き取り調査をおこなった。これらの資料は、昨年度収集したシンガポールにおける同種の資料とあわせて、東南アジア・イズラーム社会におけるイスラームと市民的価値の「整合」を比較研究するための手がかりとなるものである。
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