助成の中間に当たる本年度は、マクロレベルとミクロレベル双方からの成果が得られた。 まず、マクロレベルにおいては前年度に構築したリスク論の援用に基づく聖書のテキスト分析を通して得た仮説(「恩恵/責任」による信頼の実践としてのセーフティ・ファーストという理論モデル)を精緻化し、かつその一般化を図るために、学会などの機会を利用して成果の公表を行うことに務めた。その過程で見出されたのが、企業体と教会の組織戦略の実践の場としてのデトロイトにおける「経営宗教」の姿である。中でも、「safety-first」の提唱当初の労働者の実態(カトリックの移民労働者を主力としていた点)と彼らを取り巻く社会的環境(ことに労働争議などをめぐる企業の労務管理、労災補償などの発生状況をめぐる統計データから復元される)との関係に注目することで、さらに社会史などの援用により立体的な地域史の構築に至る可能性が示唆された。 次にミクロレベルでは、第一に、「経営宗教」の実践者であり、企業とのパイプ役を果たした「safety-man」の存在が見出された。周知のようにフォードでは能率を重視する大量生産方式を採る一方で「safety-first」を企業理念とする「フォーディズム」という特殊な管理方式が構築されていた。「safety-first」は「safety-man」という現場から選任された労働者に一任されていた。この点から労働者による社会的上昇手段としての「safety-first」に内在化された戦略性を読み取ることが出来よう。 第二に、「safety-man」の属性という点であり、これは「移民」という視点と絡み合わせることにより興味深い結果が得られた。1915〜1928年の間の当該地における労働者構成からは、カトリックからプロテスタントへの改宗傾向が読み取れ、また「safety-man」が「福音の戦士」とも別称されていたことも、前記したフォードの「経営宗教」の実態を浮き彫りにしていよう。 上記の視点は、最終年度の現地調査の成果によって「safety-first」に投影される「経営宗教」の理論枠組みとして提示されることになろう。
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