本年度は、研究の初年度であったため、主として関係する諸問題に関する研究の最新動向を広く検討し、学説史的な関連の中に位置づけることに努めた。とりわけ、近年その研究の進展の著しいオットー朝、ザーリアー朝の王権の政治的支配と政治的行為のあり方に関する諸研究を網羅的に調査した。これらの研究は、それが扱っている時代に対する従来の見方を根底から変えようとする意図を持って発表されているため、その個々の主張の史料的根拠を精査し、それぞれのケースにおけるアクターの具体的な属性を分類することにより、史料によって支持されない一般化を避けることに努めた。 次に、主として叙述史料を主たる材料としつつ、貴族社会における儀礼的な行為の持つ(広い意味での)法的・政治的インプリケーションを明らかにしたこれらの研究の与えた衝撃を前提として、従来の法制史的研究が主要な史料としてきた国王証書をもう一度新たな視角から検討する作業に入った。オットー朝期からザーリアー期まで、MGH Diplomataに含まれている国王証書をすべて分析し、予想されたことではあったが、発給地がドイツであるかイタリアであるかによって極めて特徴的な差異があることが明らかになった。すなわちドイツにおいて発給された証書においては、例えば国王集会における行為も制度的な性格がきわめて弱い。それでも、証書には、ある決定が正当な裁判によるものであるとの観念があったことを示す文言(たとえばlegali iudicio (con) fiscatum)がしばしば見られ、必ずしも制度的な(広い意味での)裁判の観念が消滅していたわけではないことが明らかである。これに対し、イタリアで発給された証書には、王権が在地の裁判制度に適応した形での裁判に加わる現象がはっきり見られた。
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