本研究は、儒教思想に由来する清律の刑罰減免制度を考察対象に取り上げ、主として清代の刑案(判例)史料を用いた実証的研究を通じて、当時の法実務家官僚達が儒教的な「衿恤の意」を実現しようとする法の理念と、社会の治安維持という現実の要請との間で、如何にして折り合いをつけていたかを解明し、その対応の時代的変遷のパターンを他の王朝のそれと比較検討することによって、清朝法制度の特質の一端を明らかにすることを目的としている。 本研究課題の第3年度で最終年度に当たる平成19年度は、儒教思想に由来する刑罰減免制度の一つである「自首」を取り上げ、その中でもとりわけ、時代によって扱いに変動が見られる強盗犯の自首に着目し、強盗の自首に関する基本規定とも言える「強盗条例二六」の改正過程を跡付けることによって、自ら過ちを悔い改めた者に対して寛大な措置をとるべきとする儒教の理念を体現した自首の制度と、強盗という凶悪犯の刑を軽減することに伴うリスクを如何に回避するかという刑事政策上の要請との間で、強盗の自首に対する対応がどのように変化したかを考察した。詳細については、平成20年度中に論文の形にまとめて公表する予定であるが、結論のみを示せば、強盗の自首においても、やはり他の同様の刑罰減免制度の場合と同様に、乾隆朝頃を境目として強盗の自首に対する取り扱いが、比較的寛大なものからより厳格な方向へと変化していることが明らかになった。その変化は必ずしも直線的なものではなく、例えば嘉慶朝には一時的に寛容化されるなど、若干の紆余曲折はあるが、全体の方向としては制度運用の厳格化の方向に進んでいたと言える。
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