本年度は、主として2つの作業を行った。第1に、日本民法における「別段の定めある揚合はこの限りでない」、ドイツ民法における"soweit nicht ein anderes bestimmtist"、フランス民法における"S'il est autrement"といった立法技術のレベルでの「特段の事情」の扱い方を調査した。しかし、19世紀における立法技術に関する学界の研究が不足しているため、いまだ十分な成果に到達できていない。第2に、わが国の最高裁民事判例における「特段の事情」という措辞の使われ方を調査した。その結果、「経験則の例外となる事情」というタイプと、「法規範の適用の例外」というタイプがあることを確認できた。後者は、19世紀ドイツ私法学における構成(Konstruktion)概念を、わが国でいう要件事実のレベルに転用したのと同様の機能をもっているのではないかという見通しを得ることができた。また、「特段の事情」という措辞を用いない裁判例においてもに実質的には前記のいずれかのタイプのものが見られるとの知見を得た。さらに、前記の2つのタイプが現れる事案類型に有意味な差異があるのではないかという見通しを得た。したがって、裁判例の今後の分析作業では、以上の諸点に留意して、契約類型を顧慮するなど、より精密な分析枠組みを獲得する必要があるとの認識に至った。
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