これまでの研究では、「特段の事情」という措辞の機能について、事実認定における経験則の具体化に関わるものと、法律要件の解釈的操作に関するものとに大別する分析枠組みを抽出した。本年度は、日本の最高裁判所の民集登載事案のうち、「特段の事情」という措辞を含むものについて、法律要件の解釈的操作に関する判例に焦点をあてて、そこでの解釈的操作の法理論的構造の分析を行った。 その結果、多くの判例が、ローマ法いらいの「悪意の抗弁」のうち、「現在悪意の抗弁」と称される操作と共通する操作を行っているのではないか、という確認にいたった。他方、「現在悪意の抗弁」は、ヨーロッパの法伝統では、「信義則」の適用事例として位置づけられてきた。ドイツの民事判例が、「特段の事情」という措辞を用いることなく、「信義則」で操作しているのに対して、逆に、日本の最高裁は、「信義則」をストレートに持ち出さずに、「特段の事情」で操作している。この差異の背景には、どのような事情があるのか。この疑問についてこの研究期間の研究を振り返ることによって見通しをつけるということが、研究の締め括りとして立ち現れた課題といえる。
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