本年度の研究対象であった、リスク回避のために授権されている行政権限の不作為に関するわが国の判例理論については、国家賠償請求に関する判例を中心に研究を行った結果、以下のような点が明らかになった。すなわち、法令上の規制権限の不作為を問題にする場合、当該権限の行使が義務付けられているかという点だけではなく、むしろ、その前段階での義務違反、具体的には、リスクの回避を行う上で前提となる、調査や情報収集や情報提供の義務が大きな意味を有することである。 このような情報収集や情報提供の義務は、行政が権限行使を行う前の段階での義務であり、わが国でもフランスでも、国家賠償請求訴訟においては最も重要な争点とされる。わが国では、このような情報収集や情報提供の義務は、法令上規定がないか行政に広範な裁量を認めていることから、近時の下級審判決によく見られるように、「条理上の義務」としている事例が少なくない。 もちろん、「条理上の義務」であっても行政の不作為を司法的に統制することは可能であるが、わが国では、当該義務の具体的な内容等について不明確な点が少なくなく、司法的統制の手段として充分機能し難いと考えられる。本研究で比較の対象としたフランス法では、環境憲章(憲法と同様の効力を有する)における予防原則や、現代国家の特質から、情報収集や情報提供の義務の存在やその具体的な内容を導いているが、わが国でも、情報収集や情報提供の義務の具体化と根拠の明確化が必要と考えられる。
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