私の研究課題は「国際刑事裁判権の発展の国際慣習法に対する影響」である。今日の急速な国際刑事裁判権の発展が国際法学の理論に与える影響を、国家実行や判例を点検しながら理論化することが目的である。具体的な研究のステップとして(1)国際的刑事裁判所でどのようなルールが国際慣習法として認定されているのか、また(2)それはどのような理論や法技術で認定されているのか、(3)国際的刑事裁判所によって認定された国際慣習法の現代的特徴とは何かを明らかにする。さらに(4)認定された国際慣習法上のルールが国内裁判所の判断にどのような影響を与えているのかについても検討の対象とすることを計画した。ただし、本年、(4)に関わる重要な判決(Mugesera v. Canada)がカナダで下されたため、当初の順序にこだわることなく、この判決の研究を進めた。 これは人道に対する罪を犯したとされるルワンダ人について争われた事件である。カナダではその国内法において人道に対する罪を犯した者の入国を拒否又は強制退去させることを定めている。ムゲセラはルワンダにおいて人道に対する罪を犯した容疑が高まり、市民・移民省がその強制退去を求めて争った。カナダ連邦控訴審ではムゲセラが勝訴したが、カナダ連邦最高裁判所は市民・移民省の訴えを認め、ムゲセラの強制退去を命じたというものである。この判決の中で、カナダ連邦最高裁判所はユーゴ国際裁判所(ICTY)の判例に言及し、その判断の補強とした。果たして、カナダの裁判所のこのような態度がICTYの判例の法源性を認めたといえるのか、認めたとすればどのような法的性質のものとして認めたのか、学説はわかれている。私自身は法源性に否定的な立場であり、この裁判所の態度はカナダ法体系における国際法と国内法の関係においてもむしろ特異ではないかとの仮の結論を得ている。もとよりこの問題点は、私の研究課題に深く関わるものであり、今後も引き続き学説・判例に注視して、研究を深めて行きたい。
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