まず、わが国におけるインサイダー取引規制の問題状況の全体像を把握するため、インサイダー取引罪導入の際の議論状況を跡づけるとともに、インサイダー取引罪成立を認めた裁判例を検討した(この点については、以前に2つの最高裁判例を取り上げて考察したことがあるが、最近の問題状況も踏まえて、再検討することとしたものである)。また、証券取引等監視委員会の活動状況や証券取引所における自主規制の実態把握に努める一方で、この間に発生したライブドア事件など、具体的事例についても精力的に情報・資料を収集した。インサイダー取引罪の立法論議の中で、刑事実務家とりわけ検察官サイドから、罪刑法定主義の観点から刑罰法規を可能な限り詳細かつ具体的に記述すべきとの意見が強く、商法・証券取引法研究者からはむしろ刑罰法規に対する素朴な期待が強かったこと、近時は相次いで証券不祥事が発生したことから、同罪の解釈運用についてより実質的な観点が重視・強調されていることが明らかとなった。 ドイツにおけるインサイダー取引規制については、犯罪の主体がわが国のように「第1次情報受領者」に限定されておらず、インサイダー情報の「漏示行為」や有価証券売買の「推奨行為」なども処罰範囲に取り込まれていること、法定刑も5年以下の自由刑とされていることなどからして、わが国より比較的厳しい法的対応を示していることが明らかになった。インサイダー取引については、全体としてドイツなどEU諸国のほうが日本より厳しい立法をしているかのようにも見えるが、最近では、わが国においてもライブドア事件などを契機に、証券犯罪の重罰化が議論されていることもあり、引き続き、比較検討していきたい。
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