本年度は、欧米の政治学、社会政策の分野における福祉国家論に関する最近の理論的な進展をフォローした。とりわけ、「社会的排除と包摂」、「市民権・Citizenship」概念に焦点を絞り、ヨーロッパにおける議論の進展状況を検討した。 戦後における福祉国家は、第2次世界大戦直前の社会における雇用・失業問題の深刻さ、労働者階級における初中等教育の普及の遅れ、健康医療福祉政策の欠如等を治癒する手段として生まれ、完全雇用を実現し、国家が社会政策の分野において責任を負う体制であった。しかし、それが一定程度実現され、国民の平均寿命が延び、福祉予箪の膨張と官僚機構の肥大化が進み、経済のグローバル化の中で、完全雇用が崩壊し、福祉国家の諸前提が失われるなかで、新自由主義的な経済原理が政治経済のみならず法律学の領域においても有力な思潮となった。これに対して、「社会的排除と包摂」という対抗論理が主張され、近時は「市民権・citizenship」という議論がなされている。本年度はこのような福祉国家、社会論に関する理論的進化の状況を考察した。 このような知見を前提として、戦後日本の民法学における学説史を検討した。経済的自由の尊重、規制緩和、自己責任、自己決定を基軸とする理論的潮流への対抗論理として、戦後初頭においては市民社会の実現、その後は福祉国家の実現、さらには法的規制による社会的公平、公正を目指す理論的潮流が民法学の基盤をなすものとして存在しており、この両者の対抗関係として戦後民法学の歴史と現状を把握すべきことを明らかにした。
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